2010/05/30

ブイヨンの気持ち。 / 糸井重里



糸井重里さんの「ブイヨンの気持ち。」を読みました。

ブイヨンの気持ち。について公式サイトではこう紹介されています。

糸井重里がブイヨンを撮りはじめた最初の2年間、
2006年と2007年の写真の中から厳選を重ね、
350枚以上の写真を1冊にまとめました。


ブイヨンとは、糸井さんと一緒に暮らすジャックラッセルテリアの女の子。この本は、ほぼ日刊イトイ新聞上で、存在しない架空の書籍「ブイヨンの気持ち(未刊)」として取り上げられていた一冊が、本当に現実の本になったというものです。

私は犬との関係性や犬を飼うスタイルは人それぞれのものがあっていいかと思うのですが、糸井さんの場合は「犬を単なるペットと突き放すのではなく、デレデレに愛して擬人化してしまうのでもなく、ほど良い距離感で犬を尊重」されていて、なんだかうらやましいものがあります。かわいがられるブイヨンもうらやましいし、自分自身こういう風に犬と接することができる人間になりたいなぁ、と思います。

ブイヨンの気持ち。を読んでいると、「犬がいて、犬とこんな関係性を保てていて、こんな家に住んでいて、こんな心構えで日々を暮らせたらいいだろうなぁ」と素朴にうらやましくなりました。

その対談録などを読むと、糸井さんは本当に頭の切れる人なことがわかります。だから、この本にもある程度の演出は含まれていて、この本で描かれているのがブイヨンとの暮らしぶりのすべてではないのだろうと思います。でも、この本で表現されているところを見るだけでも、「リラックスするときにはとことんリラックスして、鋭い視点も持って。こんな風にゆったりかつ鋭くいられたらいいなぁ、自分もそうなりたいなぁ」と憧れます。

本の多くの部分はブイヨンの語りとして書かれています。その中で一部、糸井さん自身のエッセイとして書かれているところもあります。そのひとつに、糸井さんの「犬観」がうかがえる一節がありました。

犬と遊ぶのはたのしいし、犬をぼくは好きです。
しかし、ブイヨンが家に来ることになるまで、
犬を幸福にできるという自信がなかったのです。
(中略)
ぼくに犬と暮らす資格ができるのは、
いつごろなのかわからないけれど、
いつか人間としてもっとしっかりして、
ほんとうに安定した家庭に犬を迎え入れられるようになるまでは、
犬はどこかにいて、想像のなかでかわいがるだけでいい。
そんな風に思っていたのでした。

犬を飼うときに、自分のことだけでなく犬のことも考えて慎重になる。そんな飼い主がいる家に貰われていく犬は幸せだろうなあ。

また、こんな一節も。
(犬が、自分の歯が人に当たってしまったときに反省して……)
その瞬間から、犬は、いままでのはしゃぎぶりを忘れ、
ぼくから目をそらし、少し離れたところに立って、
じっと許されるのを待っています。
(中略)
ぼくは、それほど厳しくしつけたおぼえはないのです。
(中略)
犬は、それがいけないことだと知っているようです。
あの、叱られるのを覚悟したときの静けさは、
逆に、ぼくの父親な部分を強く刺激します。
「さぁ、いまあったことは忘れて、
 もう一度ふざけようぜ」と言って、
元気を戻してやることになります。
(中略)
犬と暮らしていて、
ぐっと愛情が深まったような気がするのは、
犬が「ものを言わなかった」ときです。

犬を飼っていれば「あるある」なこの状況。こんなときにこそ、僕たちが見習わなくてはならない犬のすごさ、というのが見れるように思います。

読んだそばから隣の人に「これ読んでみて!」とおすすめしたくなる一冊。


購入はほぼ日の公式ページでも、Amazonその他の書店でも可能です。ほぼ日の公式ページから買うと、ちょっとおまけがついてきます(確か)。

ブイヨンの気持ち。 - ほぼ日刊イトイ新聞

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