2011/04/20

風塵抄 / 司馬遼太郎

風塵抄」を読みました。

風塵抄は、司馬遼太郎が1986年から1991年までの約5年間産経新聞紙上で連載したコラムを一冊の本にまとめたものです。

あるデザイナーの方が「日本人としての背骨を構築する際の糧になる」と推薦していたのをきっかけに読みました。

全部で65個のエッセイが収められています。その中でも、特に今の私に響いたものを4つピックアップしてみたいと思います。
“独学”のすすめ
変る
新について
悲しみ


“独学”のすすめ
司馬遼太郎さんが子どもの頃、教師にある質問をしたら怒声で叱られ罵られたそうです。それは「不愉快な経験だったけど、その教師のおかげで独学の習慣がついたとも言える」と司馬さんは言っています。

その教師の態度はアレかなとは思いますが、偉大な作家司馬遼太郎が生まれたのはこの教師のおかげと言ってもいいぐらいかなと思います。

人生、独学・独力が基本」というのは、サミュエル・スマイルズの自助論のメインメッセージにもなっていて、人生の早い時期に教われば教わるほどよい教訓のひとつだと思います。


変る
中国、三国志の時代に呂蒙(りょもう)という武将がいたそうです。

三国志好きにはお馴染みの武将ですが、子どもの頃は、無知で無学な街のごろつきとして有名だったそうです。それがあるとき心を入れ替え猛勉強を始めたとのこと。結果として、武将になった頃には、高い学識と武略、人柄を備えた人物になっていたそうです。

魯粛(ろしゅく)という別の将軍が、立派な呂蒙将軍がかつてのあの街のごろつきであるという噂に驚き本人に確認したところ、呂蒙はその事実を認め、このように言ったそうです。

士、別レテ三日ナレバ、則チ当(まさ)ニ刮目(かつもく)シテ相待ツベシ

言葉の意味は「人は変われるものだから、再開するときには目をこすって見直す(=刮目する)必要があるよ」。

このエピソードは子どもの頃に聞いた覚えがありますが、最近はすっかり忘れてしまっていました。私も、もう成長できない日が来るまでは、人に自信を持って「武、別レテ三日ナレバ・・・」と言えるくらい、成長し続けていきたいと思いました。


新について
こちらも中国の故事から。

古代王朝・殷を興した王「湯(とう)」は、毎朝顔を洗ったのですが、そのために使う青銅製盤に九つの文字を彫りつけていたといいます。

荀日新、日日新、又日新。
まことに日に新たなり、日日新たなり、又日に新たなり。

孔子の「大学」にも載っている有名なエピソード。何千年も昔の話ですが、当時の光景が目に浮かぶようです。朝目覚めたら、すぐに顔を洗って「今日は新しい一日だ!新しい俺だ!」と言う元気な王の姿。今を懸命に生きる明るい王の姿が想像できます。


悲しみ
司馬遼太郎さんの夏目漱石論が展開されるエッセイです。漱石は、人生において長らく場ちがい感を感じていたといいます。漱石が30歳ぐらいの頃に読んだ句に次のようなものがあります。

菫(すみれ)ほどな 小さき人に 生(うま)れたし

司馬さんは「この一句によって漱石という人がわかるような気がする」と言っています。

振り返ってみれば、後者3つ「変る」「新について」「悲しみ」には共通するテーマありました。それは「成長」ということ。「人はその気になれば、成長し続けられる」ということです。

・・・以上です。


一言感想
司馬遼太郎作品の背景にある広大な知の世界を、ほんのちょっと垣間見ることができたような気がしました。誰もが経験するような身近な出来事も視点の持ち方次第でこうも多様な見方ができるんだ、という驚きと楽しさがあります。

また、今回どの話をピックアップするか選ぶ段階で「今の私は、人の変化と成長ということが気になっているみたいだ」と気づくこともできました。時期が違えば、どの話をピックアップしたくなるかが変わってくると思います。

またときを置いて、読み返したいと思います。


こんな方におすすめ
・司馬遼太郎の世界観が知りたい
・日本人としてのモノの見方、考え方を養いたい


おまけ
Wikipediaの風塵抄のページには、目次が載っています。
風塵抄 - Wikipedia

Wikipediaには、司馬遼太郎についても詳しく載っています。ペンネームの由来は「司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(太郎)」だったそうです。
司馬遼太郎 - Wikipedia

0 件のコメント: