2011/11/06

その数学が戦略を決める / イアン・エアーズ


その数学が戦略を決める」を読みました。

原題は「Super Crunchers」。副題は「Why thinking-by-numbers is the new way to be smart」。言うなれば、「スーパー分析屋:なぜ数字思考がスマートであるための新たな方法なのか?」といった意味合いのタイトルです。日本では4年前、2007年に出ています。

本書のテーマを一言であらわすなら、「IT×統計学」。「ITを駆使した統計学の応用」です。事例を豊富に挙げながら、まるまる一冊使って(400ページも!)、近年熱くなってきた「IT×統計学」の背景とインパクト、リスク、今後の展望などを語ってあります。

本書は事例の数や文章の量なんかもすごいんですが(笑)、特にすごいのはその「視野の広さ」。「IT×統計学でいろいろできるんです」という単純な紹介話ではなく、「IT×統計学は万能の道具で、すばらしいんです」という一方的な礼賛話でもなく。「IT×統計学というものがあってそのインパクトはすごいのだが、諸々の理由ですぐには広まらないだろう。使う上での注意点もある。でも、この大きな流れは止まることがないし、これからの専門家はこう変わっていくように備えておいた方がいいよ。」という、とにかく俯瞰した視点からの意見が展開されます。この書き方ができるのがすごい。

ただ、肝心の数式や実践プロセスがまったく書かれていないため、、、そのあたりを期待する理系読者には少し物足りないかもしれません。。。一般人向けの教養書としての割り切りですかね。

私は問題解決スキルの引き出しを増やす目的で軽ーい気持ちで読んだのですが、、、その重要性に驚かされました。本書を読んだいま「このトレンドは今後確実に世界を呑みこむだろう」と思います。もちろん、本書で述べられているような専門家の抵抗や政治、倫理的な問題はあるでしょうし、怒涛の勢いで広まる、なんてことはないでしょう。しかし、ここで語られる「IT×統計学」が社会全体に大きなインパクトをもたらし、専門家のあり方を変えていくのはまちがいなさそうです。

ジェット機のパイロットは、操縦支援システムの登場によりそのワークスタイルが大きく様変わりしました。それと同じように、21世紀は、「診断」と「意思決定」の専門家のあり方が大きく変わっていくはずです。

と思いっきり前置きが長くなりましたが、、、本題に。本書のエッセンスを以下、8文にまとめてみました。前置きが長い分、なるべくコンパクトに行きます。


#1 絶対計算とは、大量データを用いた統計分析

この本のテーマ「IT×統計学」のことを、本書では「絶対計算」と呼んでいます。

絶対計算とは何だろうか。それは現実世界の意思決定を左右する統計分析だ。

ITの発達によって可能となった、実データを大量に用いた統計分析「絶対計算」。これがさまざまな方面で使われるようになっています。政府や研究機関など一部の組織だけのものではなく、驚くほど広い領域でさまざまな組織が活用できる技術です。

ちなみに、絶対計算は「super crunching」の訳語です。この訳はちょっと誤解を招くような気が。。。


#2 絶対計算の主役は、回帰分析とA/Bテスト

絶対計算のツールとして本書の中でよく出てくるのが、2つのツール――回帰分析A/Bテスト(ランダムテスト)です。どちらも、統計学を学んだ人なら「なんだ、それか」と拍子抜けするような基本ツールかと思います(知らない方も、ちょっと調べてみればすぐわかりますのでぜひ)。簡単にいうとこんな感じ↓

回帰分析
あるパラメータが他のパラメータの変化によってどのように変化するかを数式に表す手法(あるパラメータ:従属変数、他のパラメータ:独立変数)。より詳しくは
回帰分析 - Wikipedia

A/Bテスト
実地でランダムに2つのパターン(AとB)を試して、両者の結果を比較する手法。ランダムにすることによって、(集合として)AとBの条件をほぼ同じにします。本書の中では「無作為抽出法」という名前が使われています。

本書では、回帰分析とABテスト以外にもうひとつ、ニューラルネットワークについてもちょっとだけ触れられています。


#3 絶対計算は、多くの診断・意思決定の場に使える

絶対計算は、非常に幅広い領域で診断、意思決定のサポートツールとして使うことができます。おもしろいのは、一見定量化できないような問題も扱えるという点です。定性的な情報も、うまく定量化・パラメータ化することにより統計分析の対象となります。ただしそこをうまくやるには「設計者」としてのスキルが必要です。


#4 絶対計算は、価格・売上の予測やマッチングなどさまざまな場面で使われる

本書で紹介されている事例にはこんななものがあります。

回帰分析の例
ワインの価格予測、野球チームのスカウト、出会い系サイトのマッチング、医療現場の病気診断、カジノ場の客が退席する時間の予測、ECサイトのリコメンド機能、映画の売上予測。

A/Bテストの例
Googleのウェブサイトオプティマイザー、教育手法の結果による比較。


#5 絶対計算は、人間の専門家よりも良い診断を下す

実際、絶対計算はどのぐらい役に立つのでしょうか? それを判断する材料も本書では提示されています。絶対計算と専門家を比較したところ、ほとんどの領域で「絶対計算>専門家」となったそうです。

(人vs.マシン研究136件に関する「メタ」分析の結果)専門家の予測が統計的な予測より明らかに精度が高いという結果が出たのは、136件のうちたった8件

ただし、ここでの「専門家」というのが、診断や意思決定の専門家にかぎられる点には注意が必要です。人間は診断や意思決定以外にも、仮説立案、設計、アイデア出しなどの創造的な作業を行えるため、絶対計算はあらゆる場面で専門家の地位を脅かすものではありません。

またこれは、「ほら、絶対計算っていいでしょ」という立場からのデータである点にも注意は必要です。


#6 絶対計算は、その威力ほどには浸透していない

絶対計算はその有効性の高さのわりにはさほど浸透していません。使われている領域はまだごくわずかです。原因としては、現場の人間(専門家)の抵抗、倫理的な抵抗、絶対計算を使いこなせる設計者人材の不足、などがあるようです。


#7 絶対計算は間違うこともある

絶対計算は専門家よりすぐれているという結果があるとはいえ、絶対計算は万能ではありません。一番の問題は、それを使う人間が生み出すエラーです。また、「仮説」を立てて「設計」するということは、今のところ人間にしかできない作業です


#8 これからの専門家の生きる道は「ハイブリッド型」

さまざまな場面で、今後、専門家よりも絶対計算の方が高いパフォーマンスを出せるようになっていきます。人間にしかできない作業というのはまだまだ存在しますが、専門家がこれまでと同じ姿のまま今後も生き残っていけるわけではありません

「診断」と「意思決定」の専門家は今後、支援システムに支えられたパイロットのようになるでしょう。ITを駆使しながら、ITが得意なことはITに任せ、人間が得意なことだけに自分は集中する。そんなハイブリッド型の専門家が必要になってくるでしょう。

一方、ITを駆使できない専門家の地位はどんどん下がっていくでしょう。

・・・8点、以上です。統計学の基礎知識に関するお話もありましたが、そこは割愛で。


感想

おもしろかったです。「IT×統計学」という切り口から、世界でいまどういうことが起こりつつあるのか、概観することができました。

著者が本書の中で
われわれはいま、馬と蒸気機関の競争のような歴史的瞬間にいる
という比喩を使っていますが、まさにそのとおりだなと感じます。主要交通機関が馬から蒸気機関に切り変わったのと同じような、人からITへの大規模なシフトがいままさに起ころうとしています。

おもしろいのは、これが診断や意思決定という(一見)高度な処理領域で起こっていることです。たとえば、医者や弁護士といった職業はいまは「先生」と呼ばれる社会的地位の高い職業ですが、その業務の中で大きな位置を占めるであろう「診断」や「意思決定」といった作業は実はアルゴリズム的には単純な(もちろん、単純=簡単ではありません)、どちらかというと人間よりもITの方が得意とする領域です。そこをITが担うようになったとき、「先生」という言葉はどういう人たちに向けられる言葉になるのかな、というようなことも、この本を読みながら考えました。

変化が求められるのは、医者や弁護士にかぎりません。ITは今後ますます人間の役に立ち、人間の役割を肩代わりしていきます。そのなかで、人間の本質的な役割はどこにあるのか? 人間にのみできる仕事は何なのか? そういったことを考えるいいきっかけをくれた本でした。

未来のことを考えると、ワクワクする一方で、ちょっぴり不安にもなります。

最後に目次も載せておきます。

目次
序章  絶対計算者たちの台頭
第1章 あなたに代わって考えてくれるのは?
第2章 コイン投げで独自データを作ろう
第3章 確率に頼る政府
第4章 医師は「根拠に基づく医療」にどう対応すべきか
第5章 専門家vs.絶対計算
第6章 なぜいま絶対計算の波が起こっているのか?
第7章 それってこわくない?
第8章 直観と専門性の未来
補章  革命は続く


おまけ
著者のサイトはこちら
SUPER CRUNCHERS

0 件のコメント: