2012/11/21

仏教と脳科学 / アルボムッレ・スマナサーラ 有田秀穂


仏教と脳科学」を読みました。

副題は「うつ病治療・セロトニンから呼吸法・座禅、瞑想・解脱まで」。内容には沿っていますが、ややSEO的な副題です笑。

この本は、お坊さんと科学者とが1対1で行ったある対談の記録です。

お坊さんの名前はアルボムッレ・スマナサーラさん(音読できません)。スリランカ初期仏教の長老を務めた方で、しかも、日本語がしゃべれてかつ駒沢大学大学院博士課程まで卒業している、いわゆる(?)バイリンガルPh.Dハイパーモンク。

ちょうど先日、TeDxでプレゼン(法話かな)をされていました。止まった写真からイメージできるよりもずっとかわいくて親しみを感じるしゃべり方をされる方です。話を聞いているだけで癒されます。


一方の脳科学者は有田秀穂さん。脳内物質「セロトニン」をテーマとした著書も多く、セロトニンに関する理解を広めるために精力的に活動されている方です。

本書の内容からはそれますが、セロトニンという物質はサーカディアンリズム(太陽の動きに適応した人間の生体リズム)や鬱病との関係が深く、豆類によく含まれるトリプトファンから合成されるとか。

私は行動分析学(たとえばこの本とか)の裏のメカニズム「ドーパミン」のことは少しかじって知っていたのですが、セロトニンのことは全く知りませんでした。豆、もっと食べよう。

おふたりの代表的な紹介ページはこちら。
アルボムッレ・スマナサーラ長老 - 日本テーラワーダ仏教協会
有田秀穂 代表挨拶 - セロトニン道場
(ちなみに、テーラワーダ(Theravada)は日本語でいう「上座部」(仏教)だそうです)

最近座禅にこっており仏教と脳科学の両方に興味があるまさに私のための本だこれは!と思い、手に取り読みました。

目次
はじめに
第1章 お釈迦さまが気づいていた世界
第2章 お釈迦さまの日常生活
第3章 コミュニケーションと共感脳
第4章 現代人の問題
第5章 生きることへの科学の目、仏教の目
第6章 瞑想と脳の機能
おわりに


感想とか
仏教――特に上座部仏教は、一般的な枠組みでいう「宗教」というよりやや「生活学」に近いということはこの本を読む前から感じていましたが、この本を読んでその思いがより強くなりました。

スマナサーラ長老の話を聞いていて思うのは、やはり、開祖のブッダは、預言した人や奇跡を起こした人ではなく、試行錯誤の末に悟りを得た人(enlightened person)だったんだなぁということ。

考えてみれば、仏教は英語で Buddism なのに対し、キリスト教は Christianity 、イスラム教はそのまま Islam。「どうして仏教はほかのふたつと違って ism (イズム)なんだろう?」と思うのですが、これはたまたまそうなのか、中身をきちんと見た上で誰かが「あぁ、仏教はね、 religion というよりも ism だよね」ということで Buddism になったのか、どちらなのでしょうか。もし後者だったら、名づけ親はうまいこと言ったなぁ。まさにそのとおりだなと思います。

本書の対話で語られるのは、「今ここ」のこと、人間にとって普遍的なことが中心です。有田先生の西洋科学は分析的・物質的なアプローチで、長老の仏教は体験的なアプローチ。対象に迫る角度はそれぞれ異なりますが、どちらも要は、苦しみとか悲しみ、うれしさや幸せといった、私たちが生まれてから死ぬまで毎日感じるいちばん身近な感情との向き合い方について語っています。

という部分を読んでいて、純粋に「こういう本は多くの人に読んでほしいなぁ」と思いました。

これまで座禅を1年と少しの間続けてきて、座禅中は独特の感覚――仕事に熱中したときともジョギングとも他のスポーツとも異なる例えがたい感覚があることがわかってきたのですが、そのあたりのお話が「脳波がα波かβ波か」というよくある切り口以外に「セロトニン」という切り口から説明されており、ちょっと納得というか、わかったような気持ちになれました(実際に何がわかったということはないんだけれど)。セロトニンについては、もう少し理解を深めたいと思います。

・・・まだまだ語りたいところはあるのですが、いつもいざアップしてみたら「多過ぎたなこりゃ・・・」となるので、今回はこのぐらいで。

対談の途中ふたりの議論がすれちがっている部分や話がダレているかなと思われる部分もありますが、全体としては、仏教と科学と両方の視点が交互にやってくるので、いい意味で目まぐるしさが楽しめるおもしろい対談でした。

ポジティブ心理学の本と同じで、日々活かせる実践的知恵(逆にいうと、読んでも実践しないと役に立たない知恵)が詰まった本かと思います。


ピックアップ
ほんの数点だけピックアップしたいと思います。
スマナサーラ
お釈迦さまは(略)「いかだ」というたとえを使っています。「自分の教えは<いかだ>である。いかだで、この激流を渡れ」と。
そして、「安全な境地に着いたら、いかだは捨てていきなさい。いかだを運んではいけないよ」と、さらっと、こともなげに語るのです。(略)
もっとも、「経典はどうでもいい」と言ったらちょっと言い過ぎですね。(略)
でも、「はしごは、はしご」なのです。目的ではありません。(略)
はしごを見て拝んでも意味がないのです。使わなくてはいけないのです
有田
私は、呼吸には2つあると考えています。(略)
<生きるための呼吸>が1つと、そういう呼吸ではないもう1つの呼吸を、入息出息法、ないしは<呼吸法>と定義しています。(略)
その<呼吸法>の呼吸とは何かと定義するなら、「吐くこと」です。(略)
腹筋を意識して、呼吸法の呼吸を続けるだけで、α波がどんどん増えてきます。つまり、大脳の働きが変わっていくのです。
スマナサーラ
明るく生きていたい、うつにはかかりたくないと思うならば、死ぬ準備は絶対必要です。(略)
人間にとっては、死の準備は欠かせないと思います。子どもの頃でも若いときでも、人は必ず死ぬものだと自覚しておけば、時間を無駄にして生きることはできなくなります。
有田
脳の中のセロトニン神経は、リズムの運動で活性化します。歩いても、ガムをかんでも、瞑想の呼吸法でもいいのです。
スマナサーラ
仏教では、<苦・不苦>というふうに<苦>を先にしています。なぜならば、四六時中感じているのは<苦>であって、<快>はたまたまのことなのです。

このように、ふむふむなるほど!となるお話がさらっと出てくるので、読むときは注意が必要です。


おまけ
脳や仏教については、ほかにもおすすめの本をあげています。こちらもよろしければ。
図解 ブッダの教え
最新脳科学で読み解く脳のしくみ
脳が教える!1つの習慣


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